2016.06.05

お墓参り

今日は雨が少し降っていたけれど、夫が私の実家の墓参りに行くというので、一緒に行って来た。(本当は家に居て洗濯や掃除をしたかったのだけれど…。)

途中雨は上がり、日も差してきた。
きっとご先祖様が、喜んでいるのだろうと思う(^ー^*)
帰りに、フルーツ公園に寄った。

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雲が覆っていますが、絶景です>_<
子ども達が水遊びをしていて、楽しそう!

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花が綺麗に咲いています

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キレイ!

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2013.04.05

遺言書

義父が18日に亡くなり49日も迎えてないのに遺言書が届いた。

義父名義の財産を全て義妹と義母に相続させるという内容だった。

夫の名前は全く無い。

何でこんなことになってしまったのか?

争い事にならないようにと距離をおいてきたことが全てマイナスに作用してしまったようだ。

ご先祖様に申し訳ない気持で胸が張り裂けそうだ。

どうしたら良いのだろう!

なぜこう次から次えと難題が起こるのだろう。

どうしたら良いのだろう!

なぜ長男の嫁なんだろう?

家系を守る為にどうしたら良いのだろう。

まず住む所をキープしなければ。

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2011.10.15

携帯からの送信ですcoldsweats01

今日は、実家近くのホテルから携帯で書いてます。

果たして上手くいくでしょうか?

明日は、亡き父の一周忌です。
雨が降らなければいいのですが…。

早いもので、もう一年経ってしまいました。
寂しさをまぎらわす為に、仕事に没頭してきましたが、そろそろ、自分自身に向き合わなければならないのかもしれませんweep

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2011.08.13

お盆

お盆になると咲いていた彼岸花が、今年は白百合の花に変わっている。

どこからともなく咲く花。

父と母が成仏して、庭に訪れてくれたような気がする。

そうだとしたら嬉しい。

来てくれてありがとう(*゚ー゚*)

これから、父の新盆に行く予定です。

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2010.11.03

実家へ

3週間ぶりに、実家の父の霊前にお線香をあげに行った。

夜の9時頃、誰も居ない家にポツンと寂しそうに置かれている、父の祭壇。

写真はいつも笑っているが、寂しそうに見えてしまう。

跡取りの兄夫婦は、同居していない。

兄夫婦は共稼ぎなので、近くに居るとはいってもなかなかお線香をあげに来れないのだろう。

休みの日には来ていると言っていたが、花は半分くらい枯れていた。

仕方なく、枯れた花を捨て午前2時までかかって生け直した。

綺麗になった。

「お父さん、なかなか来れなくてごめんね」

と心で謝っていた。

ここはもう長男の兄の家。

父が亡くなった時に、もう泊ることは止めようと心に決めたので、車で20分位のところにある仮眠できる温泉で時間を過ごし、近くの次男の兄の所に立ち寄った。

次男の兄と、実家の庭にある柿を取りお土産にもらった・・・。

お墓参りに行き、祭壇の父にお別れを告げ車に乗り込む。

次男の兄も私も、心は複雑だ。

長男が跡を取ることになったので何も言わないようにはしているが、本当にこれで良いのだろうか?

長男の兄夫婦との同居を最後まで願っていた父は、一人寂しく最期を迎え、今も一人。

これが私たちが望んでいる家族の姿だろうか?

時代が違うと言うけれど、人の心までこんなに寂しくなってしまったのか?

親を大切にとか、家族の絆とか言うけれどそんなのは幻想に過ぎないのだろうか?

49日も過ぎていない父の遺骨は、誰もいない家に置いておかれ幸せなんだろうか?

とても切ない気持になる。

せめて私が近くに居たら、こんな寂しい想いはさせなかったのにと、自分を責めている私。

お父さん本当にごめんね(ノ_-。)

親が具合悪いからと、途中からの同居は難しいのだろうか・・・。

日本人の家族性はいったいどうなってしまったのだろう。

こんなことで、愛情豊かな強くたくましい人間性がはぐくまれていくのだろうか?

何が良いのか分からなくなり混乱している。

今分かっているのは、もう両親はいないということ!

実家に泊ることはもうないだろう・・・。

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2010.10.13

父の最期

010 29日の深夜父は85歳の生涯を閉じた。

兄から連絡を受け取った時は、もう逝ってしまった後で、遠く離れた私は、車を飛ばすことも終電を乗り継ぐこともできない状況で、なぜか伊勢・白山道のホームページをただただ見て心を落ち着かせるのが精いっぱいだった。

死に際に立ち会うことのできない自分が、悲しく寂しかった。

兄たちに世話をお願いし、私は葬儀の身支度と子どもたちへの連絡、宿の手配などをしてから少し仮眠をとり車を走らせた。

雨の降る中、一人車で父の元へ向かう。

何も考えず運転に集中するが、時々雨と涙で前が見えなくなる。

もう会えないんだと気持ちがこみ上げ、涙でくしゃくしゃになる。

なんとか辿り着いたのは、次の夜だった。

父は白い布をかけられ、布団に寝かされていた。

家も、綺麗に片付けられていた。

安らかな寝顔でほっとした。

やっと母の元へ行けるんだね。本当にお疲れ様。

父の生涯は、波乱万丈の生涯だった。

最後は一人寂しく惨めな生活だったけど、生き切ったという安らかな顔だった。

これが父の生き様だと思う。

お父さんお疲れ様。そして、愛してくれてありがとう。

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2010.07.26

父の入院

20日に父が倒れたと、兄から22日の夕方に連絡があった。

23日の夜車を飛ばし駆けつけたが、父は熟睡していた。

集中治療室から2人部屋→6人部屋と徐々に容態は回復しつつあるけれど、何しろ高齢なので寝たきりになってしまうかも知れない。

もう少し待ってくれればと思うけど、これが父の精いいっぱいだったんだろうと思う。
今まで放っておいてごめんね。

三男の高校野球が終わるのを首を長くして待っていてくれたんだろうと思える。

父のいない家を掃除し、お墓の草も取りきれいにしてきた。
長男の息子も手伝ってくれたのでありがたかった。

しばらくは行ったり来たりの生活になるだろう。

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2009.10.12

父の病気

昨日次男の兄から電話で、父が警察沙汰を起こしたと連絡があった。

どうやら父は、棒を振り回し近所の車に傷を付けたらしい。

案の定、父は覚えていないようだ。

次男の兄が対応し、ご近所への挨拶などをしてくれたようだ。

父はたまに切れる体質で、酒乱だ。

そのために家族は大変だった。

今は酒を飲まないので酒乱ではないが、時として切れ、その行為を覚えていないことが多々ある。

(パーキンソン病と診断されたと言っていた)

そのために亡き母はどれだけ苦労したか分からない。

だから、長男の兄夫婦は同居できないと言っているようだ。

これ以上ご近所に迷惑を掛けられないので、私も実家の父の面倒をみるために通うことに決めた。

父の面倒を見るために、今は仕事を始められないと思う。

追伸

13日に車をとばし、3時間で実家に着いた。

父は穏やかだった。

夕食を一緒に食べ、一泊し朝食にカレーとシチューを作るが、あんまんを美味しそうに食べ他はあまり食べなかった。

でも嬉しそうだった。

そしてお迎えが来たので、父はデイサービスへと行った。

父は早く死にたいが、なかなかお迎えが来ないと言っている。でも生かされているからには過去ばかり振り返らずに、寝たきりにならずに歩けることや、施設に入らなくても何とか生活できることに感謝して生活して欲しいと伝えた。

どんなにみじめでも、父なりの生き様を見せて欲しいと思う。

そしたら、一緒に生活しても良いと言っているおばあさんがいると言っていた・・・・・(^-^;。

来週も父の元に行き、一緒に食事をし話をしてこようと思う。

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2009.06.17

墓参り

夕立の大雨の降る中、車を走らせ実家に行って来た。

035_4 パーキングエリアのトイレに、突然ツバメが2羽飛び込んできた。

驚いたが、なぜかかわいいなと思い、電気の上にちょこんと乗って雨宿りしている姿は、懐かしく微笑ましいなぁと思うった。

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これはザクロの花と、小さな実です。

可愛い!

お墓参りをし、父をデイサービスに連れて行った。

父は元気そうだったけれど、兄たちとの長男と同居をするんだといつも言っている。

長男は同居する気はないだろう。

可哀そうだが、どうすることもできない私。

4か月振りに実家に行け良かったと思う。

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2008.02.17

母の一周忌

080217_092846_2 午前11時から始まるお寺の法要に間に合うように、朝7時頃家を出る。

当初前日の夜に行こうと思ったけれど、二番目の兄の助言もあり、招待される立場として参加することにした。

(前日に私が行って、実家のことを気を回してやってしまうと、長男のお嫁さんの立場がなくなってしまうし、父も私を当てにし、益々お嫁さんが父の世話をしたくなくなってしまうと思ったから)

法要が終わってからも居間で昔話をし、夕方には実家を出て午後8時位には帰宅した。

これで良かったんだと思う。

父は朝からずーと泣いていたけれど、遠くにいる私が出すぎることは

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